お久しぶりです・・・最後の更新は新年の挨拶でしたね。ほんの少しばかりいた読者の方も完全にいなくなってしまったのではないでしょうか。二か月ぶりですね。佐々木信綱です。本当は更新していない間に色々とイベントがあったのですが、悉く参加しておらず、嘘を伝えるわけにもいかないので、またしても寺社巡りの記録をお伝えさせていただきます。一年の最初にふさわしい記事とは到底思えませんが、何卒宜しくお願い致します。
さて、先日自分が向かったのは高崎市。群馬県の中でも比較的東京に近い場所です。高崎駅に到着し、まず向かった場所は高崎城址。徳川家康に仕えたかの井伊直政が築城しました。完成当初は広大な城でしたが、今となっては三の丸外囲の土居と堀、乾櫓、東門が残っているのみです。

その後、この地には歩兵第15連隊が駐屯することになります。話はそれますが、明治時代初期に出された法令で廃城令があります。字面そのまま受け取れば、建物を全て破壊するような印象を受けますが、実際にはそんなことはなく、この高崎城のように、一部を破壊し、その跡地を軍の施設として使用することもあったそうです。

時代とともに移り変わる城の性格を伺うことができます。春になれば、桜が見ごろを迎えるそうですが、自分が向かった時にはまだ一本も咲いていませんでした。
次に向かったのは、群馬県護国神社。大体高崎駅から20分ほどのところにあります。そもそも、護国神社とは何ぞやという方もいらっしゃると思いますので、簡単に解説。一言で言ってしまえば、その地域出身の戦没者を祀るための神社です。同じような性格の靖国神社と比較すると、より地域性が強いのが特徴です。創建は昭和16年で、戦後上野神社と名前が改められましたが、昭和二十九年には護国神社にもう一度戻されています。全国に護国神社は数多くありますが、実は行ったことがなく。今回が初めての参拝でした。広い参道を抜けた先には二つ目の鳥居がありました。

かなり開放感があります。拝殿の手前には桜の木が生えています。これももう少し時期が遅ければ、見ごろだったのでしょう。

向かわれる際は、四月が良いと思います。
最後に向かったのは慈眼院。護国神社から二十分ほど山を登った頂上にあります。先ほどここまで来るのに20分ほどかかったと書きましたが、その間ずっと山を登り続けなくてはなりません。相当疲れます。バスがあるので、お金に余裕がある人は絶対そちらを使った方がいいです。実はこのお寺の境内にはとても大きい観音像があるのです。

市街地から見えるくらい存在感がある観音像は高さ41.8mにも達します。そんな観音像がある慈眼院ですが、建立されたのは1941年と比較的最近のことです。観音像が完成すると同時に、この山に移ってきたのです。そして、この観音像、なんと中に入れるのです。中はいくつか仏像が安置されており、のぞき窓から遠くを見通すことができました。

像自体も高く、なおかつ山の上にあるので、本当に景色がいいです。境内には、梅(?)の花も咲いていました。

改めまして。ここ最近本当に更新ができておらず、申し訳ありませんでした。新歓期間中はできるだけ更新していきますので、何卒よろしくお願い申し上げます。ここ最近、本当に旅行記というか寺社巡りのことしか書いていませんので、今年こそは”史学”に関する投稿を多くしてまいります。それではまた次の記事でお会いしましょう。以上、佐々木信綱でした。

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