カテゴリー: 草紙

  • 中大の山に聳え立つ謎の建造物を目指した先にあった光景

    中大の山に聳え立つ謎の建造物を目指した先にあった光景

     皆さんこんにちは。ここ最近熊のニュースを見ない日はない気がします。こないだ中央大学のある八王子市でも熊がでたと聞き、戦々恐々としている佐々木信綱です。何が恐ろしいかって、中央大学の北には森というか山というか丘があるということです。一昔前ではその山でハブが出ると言われていましたから、熊は出ないにしてもタヌキくらいは住んでそうなものです。

     そんな北の山には多摩動物公園駅へ続く道が走っています。しかし、それ以外は人の手が全く付けられていない野生の鬱蒼とした森がただ広がるのみ。昼間でも薄暗く、この道を使うのはよっぽどの物好きか、近所に住んでる学生だけでしょう。

    かつては多くの学生が通ったであろう道。今では見る影もない。

    しかし、そんな森に高々と聳える人工物。そう、送電線鉄塔が山の中に立っているのです。今回の記事はそんな鉄塔を目指した結果待っていた光景についてです。
     まず、今回の目標地点、送電線鉄塔ですが、目指すにあたって自分は大きく回り込む行き方を採用しました。衛星写真を参照していただければご理解いただけると思うのですが、鉄塔の南西側が大きく開けているのです。しかも、舗装されていると思われる道も見えます。さらに、もう一本の大きな道から枝分かれしていそうという行きやすさ。上から見るだけですと、高低差がよく分かりませんから、できるだけ安全な道を通りたいのです。 

    左側へ行くと、前の画像の道に繋がります。

     さて、中央大学明星大学駅から一駅行ったところにある多摩動物公園駅で降り、大学のほうへ向かいます。すると、かつては多くの学生たちが使っていたであろうトンネルへの入り口が見えてきました。しかし、今回の目当てはそちらではなく右側。しばらく道なりに進んでいきます。木々が道の上に覆うように生えており、快晴だというのに妙な不気味があります。もちろん、ストリートビューは使えません。GPSで大まかな位置を確認しつつ、送電線を目印に歩くこと数分。突然、日の光が差し込んできました。日光が見えるということは、誰かが木をわざわざ伐採したということです。東側に目を向けるとそこにあったのはなんと、お墓でした。

    大学ができる前からあったのでしょうか。竹林の後ろには鉄塔が見えます。

     一基だけポツンと置かれています。一帯は木々がなく、手入れが行き届いている印象を受けます。そうはいっても下草は伸び放題ですし、倒れた木はそのまま放置されたままでした。藪の向こうから日光が届いていたので、近寄って見ると、急な斜面から竹が生えていました。

    このまま竹林を進んだとしても、斜面が急すぎて、登れそうにありません。

     おそらく、この藪を分け入っていて斜面を登れば、最初の舗装された道につながるのでしょう。しかし、それを確かめるのは危険ですし、何より今回の目標は送電線鉄塔へ行くことです。元の道に戻り、歩いていくと衛星写真で確認した通り、Uターンするように鉄塔へ続く道があるではありませんか!しかし、私の夢はここまででした。なんと私の行く手を遮るように障害物がおかれていたのです…。

    地面に刺さった金属製のパイプ。横の棒は錆び切っており、手入れされているようには見えません。なんとしても通さないという意思を強く感じました。

     ひょっとすると車両の出入りを禁止するためのもので、人の出入りを禁止するものではなかったのかもしれません。しかし、普通の送電線鉄塔であれば、周囲に人が入らないようフェンスで近づけないようになっているはずですが、衛星写真を見る限り、お目当ての鉄塔にはありません。この規制を無視して奥へ進むという選択肢を取る勇気は自分にはありませんでした。あぁ、目標を目の前にして背中を向けるという口惜しさよ。自分はこのまたとないチャンスをむざむざと捨てる決断を迫られ、撤退する羽目になったのです。
     ですが!こんなところで挫けている時間はありません。ゆくゆくは明星大学の友人に頼み、明星大学の方から調査を行ってみたいと思います。さらに、人から聞いた話では、水源(?)があるんだとかないんだとか。まだまだ謎の多き中央大学近辺を調べていきますので応援よろしくお願いします。では、また次の記事でお会いしましょう。以上、佐々木信綱でした。

  • 白門祭四日目

     これ投稿するくらいにはもう日を跨いでそうですが・・・皆さま、白門祭お疲れ様でした!最終日の今日、裏山にあるお稲荷さんに行ってきた佐々木信綱です。行ってみると、意外にも多くのお客さんがいらっしゃらいました!今後も(なるべく)ホームページの更新を行っていきますので応援よろしくお願いします。

     さて、本日の来場者数はなんと290人!四日間で合計1093人となり、目標としていた四日間で千人を無事達成することができました!これもひとえに皆様が中央大学史学研究会に興味を持ってくれたからに他なりません。改めて感謝の言葉を述べさせていただきます。

     この白門祭は自分にとって人生初の大学の学園祭でした。わからないことや困ったことも多くありましたが、それよりももっと大きなものが得られたと実感しています。特に、ほかの大学様の史学研究会と対話する場を設けられたというのが最も重要な経験になったと思います。

     そして最後に。白門祭が終わったからといって何か変わるわけではありません。史学研のブースに来られた方も、そうでない方も、これからもどうぞ中央大学史学研究会をよろしくお願いします!以上、佐々木信綱でした。

  • 白門祭三日目

     ふと思い出して、自分の更新したHPを見てみたら、六月二十六日の記事で白門祭期間中に是非神社に行ってみて的なことを言っていました。白門祭に来られた皆さまはお参りされました?昨日今日と多くの方に来てもらえて嬉しい佐々木信綱です。このブログを読んで史学研のブースに来ようと思い至った方はどのくらいいるのでしょうか…?

     さて、もう白門祭も残すところあと一日。本日も多くの人に来ていただくことができました。なんとその数364人!この三日間で最多の記録です!今日までの合計人数は803人。この調子なら目標の1000人は達成できそうです。

     本日も予定通り13時から「異国と自国文化の影響」をテーマに座談会を開催させていただきました。

    本日の座談会では、昨日よりも多くの方にお越しいただくことができました。明日で白門祭は最後です!まだ来られてない方はぜひお越しください。行って後悔するような展示はしておりません。それではまた明日、ブースでお会いできるのを楽しみにしております。以上、佐々木信綱でした。

  • 白門祭二日目

    白門祭二日目

     皆さんこんにちは。今日は本当に多くの方にお越しいただきありがとうございました。昨日より圧倒的に忙しかった佐々木信綱です。

    さて、今日は文化祭二日目。休日ということもあり、昨日より圧倒的に多くの人に来てもらうことができました!なんとその数289人!昨日の約2倍もの人数です。受験生の方はもちろん、親御さんや、OB・OGの方にも来ていただけました。このペースでいけば、目標としている合計来場者1000人も夢ではないでしょう。

    先輩や親御様から差し入れを受け取りました。ありがたく頂戴します!

     また、本日は13時から座談会を実施いたしました。テーマは「歴史学とは何か」です。我々の活動理由の根源を深く探求することができたのではないかと思います。

     明日も13時から座談会を実施いたします!テーマは「異国と自国文化の影響」です。お時間がありましたら是非史学研究会のブースに足を運ばれてみてはいかがでしょうか。ブースでお会いできるのを楽しみにしております。以上、佐々木信綱でした。

  • 白門祭一日目

    白門祭一日目

     皆さんこんにちは。この三連休の期間を活かして、白門祭に足を運んでみませんか?今日も準備日だと思っていた佐々木信綱です。

     さて、遂に!白門祭が始まりましたね!この日をどれだけ待ち望んでいたことか…。白門祭実行委員会の皆様をはじめ、関係各位様には頭が上がりません。普段通る道に所狭しと出店が並んでおり、イベントが本当に始まったんだなと実感しております。気になる史学研究会の一日目の来場者数は・・・

    150人でした!まぁこの天気と平日であるということを考慮すれば、そこまで悪い数字ではないのではないでしょうか。残りの三連休で合計来場者数1000人を目指して頑張りますので、皆様、白門祭にお越しください。最後に今日の様子を紹介して終わりにしたいと思います。以上、佐々木信綱でした。

  • 史学研究会@白門祭準備日

     もう一か月くらい更新してませんでした…。覚えていますか?失踪していた佐々木信綱です。ようやっとブログのネタが出てきたので超久しぶりに更新します。そして、数少ない読者の皆様。朗報です!これから白門祭期間中はなんと!!毎日更新します!!ずっと更新がなかったと思ったら、いきなり投稿しだす計画性のなさには目をつぶってもらって…。それでは、史学研の様子をご覧ください。

     今日の10時。代表委員会の面々が会室に集まりました。ここで今日一日の流れおよび、役割の分担を確認します。

     一連の流れを確認し終え、やってきたのは3551教室。すでに多くの会員が集まっていました。白門祭期間中はこの部屋が史学研の展示ブースです。しかし、教室には多くの椅子と机があります。まずはこれを脇にどかさなくてはいけません。

     椅子・机をどかし終えたら模造紙を貼るためのボードと支える柱を資材置き場まで取りに行かないといけません。

    雲一つない青空の下、太陽に向かって進む会員の姿。

    向かった先でボードを貰い、展示室まで持って帰らないといけないのですが、これがなかなかに骨が折れる作業なのです。一枚ならまだしも二枚を運ばないといけません。しかも、この輸送に掛けられる人手があまり多くなかったので、何回も往復することになってしまいました。

     ボードと柱を運び終えたら、組み立ての作業に入ります。何人かでボードを持ち、もう一人が支えてる柱の出っ張りに引っ掛けるのですが、これも大変な作業でした。事故が起きないように皆で声を掛け合って作業を進めていきます。

     ここまで来ればもう残りは少し。組みあがったボードに展示品の模造紙を貼っていきます。

     流石に展示内容までこのブログで紹介することはできません。この模造紙に何が書かれてるか気になったあなた。この先は明日、白門祭当日になるまでの我慢です。それではまた明日。会場でお会いしましょう。以上、佐々木信綱でした。

    PS.今年の史学研究会は各会員の興味関心分野の展示、史料購読の展示、座談会(11/1(歴史とは何か)〜11/2(異国と自国文化の影響)13:00〜14:00) 、スタンプラリー企画、過去の白門祭の展示など豪華企画が盛りだくさん!白門祭に来られた皆様は是非、史学研究会のブースもご覧ください!

  • 真っ昼間心霊スポット(?)へに行ってみる

     秋学期が始まったと思ったら、もうすぐ10月ですよ…。一気に涼しくなってきましたね。驚きを隠せない佐々木信綱です。実際は大阪遠征よりも前に行っていたのですが、大阪遠征の記事を優先することになったため、投稿できていなかった記事を投稿します。なんとか元の週一投稿のペースに戻していきますので、今後ともよろしくお願いいたします。さて、中央大学のある八王子市には多くの史跡が残っています。ですが、その中に城跡があるということをご存知の方はあまりいらっしゃらないのではないでしょうか。実は豊臣秀吉による小田原攻めで陥落した北条氏の城跡が残されているのです。今では心霊スポット(?)になっているんだとか。本日の記事はそんな八王子城跡へ行ってみた記録になります。

     まだ連日のように猛暑日が続いていた8月25日。ついたのは高尾駅。ここから八王子城跡までバスと徒歩で向かいます。バスといってもそこまで長くない距離なので、歩こうと思えば歩ける距離ではありますが、そこからさらに山登りがあると考えると、バスを使ったほうが賢明でしょう。実際、最寄りのバス停で降りてから向かうまでの上り坂が本当にきつかったです。汗を流しながら15分ほど歩き、ようやく山のふもとに着きました。八王子城は山城。ここから山頂付近まで登らなくてはなりません。ですが、いざ登り始めると意外や意外。山の中は涼しく、風が吹けばかなり快適でした。また、道がある程度整備されておりちょっとしたハイキングにはちょうどいいかもしれません。道なりに進んで行くと…見えてくるのが曳橋です。

    この橋は御主殿へ渡るために架けられた橋らしいのですが、元の形が分かっていないそうで、この再建された姿が正しいか不明だそうです。そして、橋を渡った先にあるのは虎口と冠木門。虎口に続く石畳は当時の物を再利用してありますが、冠木門は最近再建されたものです。門をくぐると、未だ発掘が進んでいない御主殿の跡がありました。かつてここで宴をしていたと思うと感慨深いものがります。もちろん、城跡ですので、天守閣やそれに準ずるような建物が残っているわけではありません。その点だけで言えば、有名どころの城よりも目立ちはしないかもしれませんが、ここで短い期間ではあっても関東を支配していた大名が住んでいたという事実は変わりません。

     自分は通り過ぎてしまったのですが、山のふもとには北条氏照のお墓があるそうです。また、土日であれば登山口のすぐ近くまでバスが来るそうなので、かなり手軽に行ける史跡となっています。これからの時期に行ってみるのはいかがでしょうか。さて、とにかく投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。数少ない読者に飽きられないように頑張って更新していくので、これからもよろしくお願いします。では、また次の記事でお会いしましょう。以上、佐々木信綱でした。

  • 夏だ!歴史だ!夏季遠征だ!

     もう九月ですよ…。そろそろ夏休みも終わりです。皆さまこの休みの間どのように過ごされましたでしょうか。史学研の合宿に同行した佐々木信綱です。本日は夏休み特別号!!史学研の大阪遠征を一会員の立場からご紹介したいと思います。さて、初めに断っておきます。万博のパビリオンの詳細な説明であったり批評はしません。また、それぞれ興味のある時代ごとに班を組み、個別で行動したので、全てのグループの紹介はできません。さらに、万博では単独行動が原則でした。このブログはあくまで自分と自分の所属した班の記録になります。また、記事の分量の都合上端折った行程もいくつかあります。それでは史学研の大阪遠征の記録をご覧ください!

     2025年9月1日。朝9時10分。大阪伊丹空港に到着。飛行機から降りると直ぐに大阪関西万博の広告がズラリ。

    東京を離れ、本当に大阪に来たんだと実感させてくれます。照りつけるような日差しと厳しい暑さ。過酷な環境の中自分たちが最初に向かったのはこれからお世話になるホテル。荷物を預かってもらうと、最初の目的地、四天王寺へ向かいました。日本史で習った伽藍配置の通りに建物が作られていることに謎の感動を覚えます。

    実はこの五重塔、登れるんです

    続いて、お昼を食べて向かった場所は造幣博物館。どうやら桜の名所らしく、春になると桜のトンネルが見られるそうです。しかし、自分たちが行ったときには桜の代わりにトンボがいっぱいいました。中には記念硬貨やメダル、歴史の教科書で見るような古い硬貨など見ていて飽きません。なにより、建物自体が古めかしい外観をしていてとても美しいのです。そして、見学費がタダ!大阪へ観光される方は是非お立ち寄りください。

     ここから狂気の行軍が始まりました。歩いて30分。ここだけ聞けば全然歩ける時間なのですが、この日の最高気温は36.5度。この暑さの中30分歩き続けるのは流石に体に堪えます。ですが、歩いたからこそ見られる景色もあったので、その点は良かったです。

    大川を渡るときの写真。向かって左手側に造幣局があります。

    一日目の最後に向かった場所は大阪歴史博物館。

    すぐ隣にあるnhkホール大阪と繋がっています。大胆な設計!

    古代から近現代に至るまでの大阪の歴史を詳しく紹介している博物館です。自分はあまり博物館に詳しくはないのですが、一般的な博物館は特定の時代にフォーカスしてその時代のものだけを紹介するといった形式ですが、ここは通史を紹介しているという点で珍しい博物館だと感じました。残念ながら閉館時間が近かったため早足で見ることになってしまいましたが、大阪に詳しくない人でも理解しやすい展示になっていたので、短時間ながらとても楽しめた博物館でした。出来る事なら今度行くときはじっくりと見たい…!

     さて、二日目は目玉の大阪関西万博です。夢洲まであと一駅になると、電車内で特別なアナウンスが放送されるのですが、この放送が今から万博へ行くんだと再認識させてくれます。

    照りつける日差しの強さが写真からも感じられると思います。ザ・夏って感じの天気。

    いや~遂に来たといった感じです。ですが、せっかく着いても手荷物検査のため、20分ほど炎天下の中待つことになります。待機中用の日傘を配っていたのでそこでもらっておくのがお勧めです。なんとか入場すると大屋根リングが飛び込んできます。

    上空から見るよりもずっと大きいです。この屋根の下に待機列を並ばせてるパビリオンもあり、ただ大きいだけではなく、実用性も兼ねているようです。上に登って見る景色はこんな感じ。

    見渡す限り人ばかり。修学旅行で来たと思われる学生さんも多くいた印象です。
    結構いい景色。海も空も真っ青でした。

    リングの上は風が強く吹いており、涼みたくなったらここに登るのも一つの手です。最初のうちはどこに何があるのか分からず、混乱するかもしれませんが少しリングの中を歩けば、迷子になることはないと思います。さて、肝心のパビリオンですが、予約がないととんでもなく待ちます。予約制でないパビリオンも平気で1、2時間待ちます。帽子や日傘なしだときついです。幸い、ボトルに水を入れられるスペースがあるので、ペットボトルや水筒を持っていきましょう。また、ベトナムパビリオンでは帽子ではありませんが、ベトナム伝統の笠、ノンラーが売っています。

    首までカバーできるのでとても快適。お土産にしてみてはいかがででしょう。時間がない方なら、コモンズがおすすめ。一つの建物に複数の国のブースがあり、見ごたえがあります。ほぼ待ち時間がないのもいい点です。名前すら知らない国や内戦から復興しようとしている国など様々な国が一度に知れるコモンズ。是非お越しください。また、万博では現金での支払いができないのですが、交通系で決済できるので、念のためチャージしとくと安心。あと、モバイルバッテリーは必ず持参しましょう。スマホの電源が切れ、自分は帰りの電車と乗り換えが分からなくなって駅員さんに聞く羽目になりました。ちなみに暑さに関しては本当に酷く、19時近くになってもかなり蒸し暑かったです。そんな暑さや待ち時間など色々大変なこともありましたが、行くか迷ってらっしゃるなら、行った方がいいと思います。帰るころには不満要素をきれいさっぱり忘れる程の満足感がありました。21時くらいからドローンショーやイベントがあるので、夕方比較的涼しくなるころ合いを見計らって行くのも手です。

     三日目は神戸へ向かいました。最初に向かったのは生田神社。

    社殿の裏側に森が戦場跡として保存されています。

    三宮駅からすぐのところにあるこの神社は神功皇后(応神天皇の母)が建立なさりました。生田神社では稚日女尊が祀られていて、縁結びのご縁があると言われています。また、一ノ谷の戦いではこのあたり一帯も戦場になったそうで、神社内にも史跡が多数残されていました。史跡となっている森はとても静かで、都会の喧騒を忘れさせてくれます。

    続いて向かったのは北野異人館。個人的にこの遠征で一番印象に残った場所です。お洒落な西洋風の建物が何軒か並んでおり、それらまとめて異人館というそうです。ヴィクトリアン様式というのでしょうか、日本ではあまり見られない様式の建物ばかりで異国情緒溢れる雰囲気を楽しめます。全部で六軒あるうちの三軒を見たのですが、本当に見ごたえがあり全部回ろうと思ったら、丸一日かかりそうです。世界史、特に近現代史が好きな人は本当に心の底から楽しめると思います。19世紀末から20世紀初めくらいの何とも言えないロマンを味わえる素晴らしいスポットでした。すぐ近くに北野天満宮もありましたが、時間の都合で行けず…。寺社巡りはまたの機会に持ち越しとなりました。

    神社っていうと生田神社みたいな朱色のイメージがつよいですが、この神社は白を基調としているようです。白い神社って珍しい気がします。

    続いて、お昼を食べて向かったのは湊川神社。かの楠木正成を祀る神社で創建は1872年です。楠木正成は理想的な勤王家として多くの幕末期の志士から崇敬されており、神社として整備される前から多くの志士が正成のお墓参りをしたと言われています。有名どころですと坂本龍馬や吉田松陰もお参りに来たんだとか。境内には宝物殿と呼ばれる博物館があり、刀剣や甲冑を展示しています。残念ながら行った日は休館日で見ることはできなかったので、次行くなら必ずそこまで見に行きたいところ。その後神戸地方裁判所や税関、海軍操練所跡へ向かいましたが、記事の分量の都合上省略させていただきます。

     四日目の最終日は日本史と言ったらここ。古都京都になります。向かったのは南禅寺。

    日本史だと名前は出てくるけど、写真ではあんまり見ない気がします。

    南禅寺自体も有名ですが、自分たちは南禅寺の敷地内にある水路閣目当てで向かいました。

    世界史に詳しい方であれば、古代ローマの水道橋との比較とかができるのでしょうか…

    このレンガと花崗岩が重厚な印象を与えてきます。この西洋風の水路橋と純和風の寺が同じ空間に存在する景色は日本では中々お目にかかれないのではないでしょうか。

    こころなしか平安京の大極殿に似てる気がします。

    続いて向かったのは平安神宮。平安と名前がついていますが、創建されたのは1895年です。桓武天皇と孝明天皇を祀る神社で、その名前の通り平安京の朝堂院に似た広大な敷地を有しています。また、平安神宮内の蒼龍楼・白虎楼は和風建築ではあまり見られないを様式をしていました。

    屋根の真ん中から小さい櫓(?)が建っている建物はそうそうお目にかかれないでしょう。

    建築様式に関してはど素人なので詳しいことは存じ上げないのですが、中国の影響をもろに受けていそうな作りな気がします。それよりも驚いたのが広大な庭園です。社殿を囲うように四つのから成り立っています。見るからに美しい庭園ではあったのですが、晴れていればもっときれいだったんだろうなと…。

    この日はあいにくのお天気で曇り空。雨が降るかもしれないという不安は当たることになりました。平安神宮を出て三十三間堂へ行ったのですが、出ることには大雨。

    気分はさながら羅生門の下人。雨やみを待っています。

    最後の最後に雨に降られてしまいました…。しかし、これが御利益というものでしょうか、雨が降り出してから10分もしないうちに雨はやみ、無事待ち合わせ時間までに空港へ着けました。

     この大阪への遠征を通して多くのことを学べたと思います。一つは”本物”に触れる重要さです。今まで教科書や資料集の中でしか見てこなかった存在や知識としてでしか認知していなかったものに実際に触れることでより体系的に理解することができるようになったと思います。五感を通してでしか分からないことや実際にその場に行って初めてわかることが本当に多いと痛感しました。これは歴史学のフィールドワークと通じるものがあるのではないでしょうか。二つ目はかつての先人たちと同じ場所に今自分がいるということを通して、歴史的事実をより近い距離で感じれるようになったことです。戦場の跡や有名な寺社へ行くと、かつての偉人達も同じ景色や風景を見たという実感がふつふつとわいてくるのを感じます。まさに、これこそが史跡へ行くことのロマンであり、醍醐味だと思います。いかがでしたか。とにかく投稿が遅くなってしまい申し訳ありませんでした!それではまた次の記事でお会いしましょう。以上、佐々木信綱でした。

  • 中央大学に存在した奇祭 ゲリラ祭について

    夏休みも終盤に近づいてきました!コロナに罹って夏休みが一週間ほど潰れた佐々木信綱です。皆さんいい夏休みは過ごせましたか?さて、あと少しで秋学期になります。そんな秋学期にあるイベントといえば…みんな大好き白門祭です。当然、当サークルも参加します。ですが、実は中大には白門祭とは別のイベント「ゲリラ祭」がかつて存在していたのです。今日は、そんな「ゲリラ祭」についてご紹介させていただきます。

     まず初めに、今では「ゲリラ祭」は実施されていません。では、いつ頃からやらなくなったのか。これすら正確な情報は分かっていません。調べた限りですと、2009年か2010年が最後となっているのですが、どちらが正しいのか。とにかく謎に包まれたイベントであったことがうかがえます。このゲリラ祭の実行委員会は「全学部祭実行委員会」と呼ばれていました。実はこの当時、この「全学部祭実行委員会」は政治的な団体でありました。ただし、ほかの有名どころの団体(中○派とか革○派)の影響を受けていないノンセクト(無党派層的な感じ)だったようです。ここからは具体的にどのようにゲリラ祭が行われたか見ていきたいと思います。どうやら始まったのは1993年。当時は今までの明確な”敵”であった存在がいなくなり、無理やり焦点化された”敵”と争うような状況でした。そんな中自分たちの音楽と政治主張をゲリラ的にやってしまおうということでサークル棟にあった機材を用いて始まったのがゲリラ祭のようです。アコーディングギターやアンプを校舎に持ってきて演奏したり演説したり。とりあえずこんな感じで無許可で丸1日、朝から日暮れ時までそこに居続けて騒ぐという形で行われていました。これだけならまだ可愛いものですが、1号館(理事会とか運営関係の部屋がある本部棟)を学費問題で2日間占拠したという事件にまで発展する事態にまで至っています。その後、1997年ごろに今まで校舎で実施されていたゲリラ祭がサークル棟中庭に移ります。初期と比べて、政治色はかなり薄まり、普通の学生たちがたくさん参加する野外フェス的なイベントになっていました。学生には年一で開催される白門祭とは別の学園祭として認知されていたようです。

     しかし、そんなゲリラ祭にも終わりがあります。これは2010年に大学当局から出された声明の一部です。

    昨年、一部の学生の主催によって『ゲリラ祭』が行われました。(中略)実態は、大学閉門時間である23時を超えて未明まで飲酒を続け酩酊し、騒音を発して近隣住民に迷惑をかけるものでした。本学は、(中略)これまで一貫して『ゲリラ祭』の開催を認めてきませんでしたが、(中略)昨年のような事態が繰り返されることはあってはならないことであり、学生諸君には中大生としての自覚を持った良識ある行動を希望します。

    以上の声明から分かるように、ゲリラ祭はその最後まで無許可で行われていました。もう少し秩序立って行われていれば、現在まで続く伝統となっていたかもしれません。しかし、今やかつての実態を知る人も少なくなりました。もはや今となってはゲリラ祭を復活させることは不可能でしょう。ですが、その実態を知らないからこそ、かつてのゲリラ祭を経験していた人たちからの話を聞きつつ、いつか再興したいものです。では次の記事でお会いしましょう。以上、佐々木信綱でした。

  • 映画レビューしながら歴史叙述について考えてみる

     残暑が厳しくなってまいりました。皆さまお体は平気ですか?巷じゃコロナが流行ってるそうですが、まだまだコロナや暑さに負けないよう頑張っていきましょう!さて、この季節に近づきますと、テレビで多くなるニュースといえば、当然戦争関連のニュース。特に今年は戦後80年という節目の年ですから、より扱う機会が多くなるのも当然でしょう。そして、戦争系の映画も大体このくらいの時期に公開されることが多いです。というわけで、前置きが長くなりましたが、今週は終戦記念日に公開された映画「雪風 YUKIKAZE」のレビューをします。映画という物語・ストーリーとしての面白さと歴史的な正しさの両立という歴史学、歴史叙述に深いかかわりのあるとっても史学研究会らしい記事です!

     まず、自分のような素人で的確に物事を表現する語彙力がない人間の批評ですので、あまりあてにしないでください。まずはいいところから書いていきます。一つ目の良かったところはテーマが一貫しているところです。”人命救助”というテーマで終始描かれていて戦争映画に苦手意識がある人でも抵抗なく見られる作品だと思います。また、ただ人を助けるシーンだけではなく、共に戦っていた仲間がいきなり死んでしまうシーンもあり、戦争の恐ろしさとむごさを表現できている思いました。二つ目は”雪風”という駆逐艦を世間に認知させる存在として役に立っている点です。映画の内容と関係ないかもしれないですが、一般の人に雪風の存在を知ってもらうことは戦後80年経とうとする日本において大事なことだと思いました。

     続いてよくない点ですが、人命救助をテーマとしておきながらその肝心の助けるアングルがあまりにもワンパターンすぎたことが挙げられます。最大の見せ場のはずなのにそんな見せ方で良かったのかと疑問です。あとこれが全てですが、あまりにも史実に即していなさすぎるのが本当に残念でした。どの艦が撃った砲弾・魚雷でどの艦が沈んだかくらいはせめて史実通りにしてほしかったと言わざるを得ません。自分は”戦争映画”としてこの映画を見に行ったこともあり、そこの落差に耐えられませんでした。第二次世界大戦に詳しくなく、戦争映画に抵抗のある人にはこのあたりの問題は発生しないでしょうから、見る人を選ぶと言えます。

     最後に、この作品のテーマである”人命救助”と歴史的な正しさの両立について触れて終わりたいと思います。先ほども書きましたが、この映画が史実を忠実に再現しているとは言い難いです。だからといって面白くないというわけではありません。しかし、そこの歴史の正しさの部分を削ってまで作り出したテーマを十分に活かせていたといえば嘘になります。しかも、一番大事な人命救助のシーンは面白みがなく、何度も見させられ飽きてくる。この歴史的な正しさと物語としての面白さを両立できる先品こそが、面白い歴史モノといえるのではないでしょうか。

     いかがでしたか。もしこの感想を読んで、見に行きたいと思ったら、是非映画館へ行ってみてください。ではまた次の記事でお会いしましょう。以上、佐々木信綱でした。